トップスター フランク永井の歩み 恩師吉田正先生との交流
期 間 平成18年2月1日(水)〜4月17日(月)
* 但し、2月16日(木)、17日(金)の両日は、保守点検のため臨時休館となります。
場 所 吉田正音楽記念館
ファンから送られた手作りセーターやステージ衣装、愛用のゴルフ用具、 歌手活動、
吉田正氏との交流などの写真パネル、 ヒット曲のレコードジャケットなどを展示中
フランク永井 1932年(昭和7年)3月18日、宮城県志田郡松山町生まれ。
本名・永井清人。古河中学卒業後、18歳で米軍キャンプのアルバイト生活を経て、クラブ歌手として活動を開始。1955年(昭和30年)に「恋人よわれに帰れ」でビクターからデビュー。
初期こそジャズを歌っていたが作曲家・吉田正氏の薦めで歌謡曲に転じ、昭和30年代の東京での典型的なデートコースを歌った「有楽町で逢いましょう」が1957年(昭和32年)の爆発的ヒットでトップ・スターの座を獲得。
"魅惑の低音"と呼ばれたバス・ヴォイスと、都会的でモダンなフィーリングで大衆を魅了した。
1958年(昭和33年)に「羽田発7時50分」「西銀座駅前」「夜霧に消えたチャコ」。1959年(昭和34年)、自らがスカウトした松尾和子とのデュエット曲「東京ナイトクラブ」と連続してヒットを放ち、昭和歌謡史に決して消えることのない足跡を残した。1961年(昭和36年)、「君恋し」で日本レコード大賞受賞。
《吉田正音楽記念館 рQ1−1125》
主 催 日立市、吉田正記念事業推進委員会